私がMBAにチャレンジしたのは、そこに課題があったから
私は国際空港の管理運営会社で、ターミナルに入居する航空会社との渉外調整を行う部署と空港オペレーションに携わる部署を経験し、入社7年目で経営分析プログラムに入学しました。1つ目の部署では、賃貸借契約や付随する料金請求業務の他、航空会社が共同で利用するカウンター等の施設管理や日々起きる問題の解決のため、ターミナルを駆け回っていました。2つ目の部署では地上管制業務(ランプコントロール)を担当していました。無線で航空機のパイロットに対して指示を出し、航空機の地上誘導を行う業務です。夜勤もあり不規則な生活でしたが自分には合っていたので、仕事もプライベートも充実した生活を送っていました。
しかし、ある日ふと、最近勉強していないなと思ったんです。ちょうどそのタイミングで、会社からMBA派遣への応募を募るメールが届き、お世話になっていた上司の勧めもあって、手を挙げることにしました。今、会社では大規模な機能強化プロジェクトを進めていて、今後空港全体の従業員も1.5倍ほど必要になる見通しです。すでに人員不足であるところに、さらに従業員を確保しなければならない、それが大きな課題です。従業員を集めるといって、採用活動を活発にやるだけでは限界もあります。働く人を増やすには、近くに住む人を増やさなければなりません。住む人を増やすには働く場所の選択肢も必要です。空港で働く人だけが空港の周りに住んでいるわけではないのです。そうなると新たな産業や企業の誘致も必要ですし、お店や保育園、交通機関等の社会インフラも必要で、多様なステークホルダーを巻き込んで「街」を作っていく必要があるのです。しかし、自社には街づくりの経験はなく、多種多様な企業の助けを借り、協働していかなければなりません。ずっと空港運営の現場で働いてきた私には、空港の外で、他企業と協力して新しい価値を作っていかなければならないという課題は途方もないことのように聞こえました。しかし、MBAで経営を学び、企業というものがどのような目的をもってどのように行動するのかを学べば、他企業と協働するための大きな助けになるかも知れない。さらに、MBAでの活動を通じてさまざまな企業や人と出会うことで、将来一緒に街づくりに取り組んでくれる仲間が見つかるかも知れない。こう思ったのがMBA進学へのきっかけの一つです。
「戦略分析」の授業では半期に渡る継続的な取り組みで、実際に存在している企業に対して戦略提案をするという課題がありました。今回、私たちにご協力いただいた企業は、工場で木材を搬送する機械を製作している会社でした。その業界についても詳しくありませんし、扱う製品も搬送機械ということで、顧客や競合、国内外の動向などについてもすべて一から調べました。今後この会社が成長していくにはどのような戦略を取っていくべきかについて考え、最終的には会社の役員の方々に提案してフィードバックをいただきました。会社は無機質ではなくて、人が集まって成り立っています。仮想のケースではなく、実際の企業に戦略提案をするわけなので、組織のトップの意向や考えも想像しながら検討しました。フィードバックでは、自社だけでなく、取引先や競合企業の考えや行動も考慮に入れて戦略を立てなければならないことを学びました。これはMBAでの学びに繋がる実践的な授業で、とても貴重な機会となりました。
有志で伊那食品工業本社を訪問
新規事業の研究についてはいろいろありますが、その中でもインフラ企業が新規事業を行おうとするとき、どのようなことが起こっているかについて研究したいと思っています。インフラ企業の仕事は社会を維持するために重要であり絶対に無くならないため、これまで新規事業を行う動機はなかったはずです。しかし、人口減少により収益の減少が見込まれる中、最近は新規事業に取り組むインフラ企業も増えてきています。一方で、公共的な性格を持つ企業の特性から、実のところその組織の中に新しい発想を持つ人材や、新しい事業をゼロから作り上げるやり方を知っている人材などは少なく、悪戦苦闘している企業が多いのではないかと推測しています。その中で、本業を守る使命をもつインフラ企業という組織に特有の、組織の慣性や制約があるのか、また新規事業の創出に成功しているインフラ企業はそれらをどうやって乗り越えているのかについて、とても関心があります。また、社員個人としても、ロールモデルが社内にいなくて、どういうステージをクリアしていけばいいか分からないということもあるかも知れません。そのような問題を解決するための仕組みづくりが新規事業創出のためには必要であり、この点に関する研究も価値があると考えています。
私は現在研究と並行して、株式会社リクルートの新規事業提案制度『Ring』に参加しています。新規事業を絶えず生み出し、育てながら成長してきたリクルートでは、新規事業を生み出すための仕組みが非常によく練られていて、そのプロセスに参加することでの学びが多いと感じています。Ringはリクルートの社員でなくても、同社の社員と組むことでメンバーとして参加でき、一橋ビジネススクールの経営分析プログラムには学生主体で協働起案する仕組みが提供されてきました。これは、社内だけではなく、社外の人とのコラボレーションによって、より価値あるものを生み出せると期待するリクルートの考え方によるものです。新規事業が得意なリクルートでは、社外との協働によって幅広い思考を取り入れようと考えているのです。インフラ企業では、自社の設備があってそれを回していくのが仕事だと多くの人が思っていますから、ほかの企業と協力するという発想は多くありません。ですが、自社だけではやはりできることは限られてきます。私がMBAにチャレンジしたのは、そこに課題があったからです。MBA修了後には、一橋での学びを持ち帰り、全社員に向けて報告する予定です。
社会人の皆さんへ、自身の会社や職場環境に不満や疑問を持ち、その解決策を求めて転職活動を始める方も多くいらっしゃるかと思います。しかし、さまざまな企業に所属する同期の仲間や他大学のMBA生たちと、自社の問題や自身の経験について語り合っていると、案外感じていることは同じで、皆似たような問題の解決に向けてもがいているのだなということが分かります。つまり、転職をすれば解決するということはそう多くなさそうだということです。私のような一社員が組織の問題を解決するには、知識を実際に活用できるよう徹底的に学び、周囲に少しずつ影響を与え、草の根から変化を起こしていくしかありません。自身の置かれた状況を客観的に俯瞰し、問題を解決するための学びの第一歩として、MBAは最適な環境であると言えます。
学部新卒や留学生の方へ、全日制のMBAは社会人と学生が、それぞれの目標を持ちながらも同じ空間で学び、深く交流することができる場です。皆さんが社会人学生からの学びを求めているように、社会人学生も皆さんからの新たな学びや刺激を期待しています。年齢は離れているかと思いますが、ぜひ臆せずに、積極的な姿勢で学習や課外活動に取り組み、自分の考えをどんどん発信してほしいと思います。
(2024年6月)